February 28, 2006

感動乞食どもめ

 で。荒川が金メダルだっていうんで、号外は出るは街頭インタビューはするはの大騒ぎ。母校だの会社だのにもカメラは入り、同僚だ幼なじみだ通りすがりの旅の者だとなりのご隠居さんだ困っていたところを助けられた鶴だ腹違いの妹だ(そんなのはいません)生き別れになった母親だ(いえお母さんはトリノにいってました)いろんな人がでてきて口々にこういうわけですな。
「感動をありがとう」

 あほか。
 荒川関連だけでなく、村主関連でも。「感動をあたえてくださってね、本当にありがたいことだと思います」みたいなことを。
 おまえらみんな乞食だ。感動乞食だ。

 前に書いたが、選手が「感動を与えたい」などと平気で口に出してしまうのは猛烈に恥ずかしい(だったらまだ「五輪を楽しみたい」のほうがましってもんだ)。
 そして、それに加えて観客──単なる視聴者も含む──が「感動を与えられた」「感動をありがとう」なんていっちゃうのも、死ぬほど恥ずかしいことだと俺は思っている(上記エントリのコメント欄では許容してるけどさ、ははは)。そんなことは自分の心のなかに留めておくべきことだと思うのです。
 もちろん感動するのはいい。っていうか、いいも悪いもなくて、自然発生的に興奮したり目から心の汗がにじんできたり鼻から天然水がでたりするのが「感動」なわけですから、それを制御するのはむずかしい。それはいいんです。
 俺だって、カーリング見て感動し、回転見て感動し、フィギュア見て感動したわけですからね、なにも“感動するな”などというつもりは毛頭ない。
 問題は、それをバカのひとつおぼえのように「感動をありがとう」という一言で表現する語彙の貧困さ。あなたのその「感動をありがとう」は手垢にまみれて数百万数千万の人間が口にしている。それって恥ずかしくないの、ってこと。ナンバーワンになれなくてもオンリーワンがいいんでしょ? オンリーワンですらないじゃん。他人(選手)の尻馬に乗って、「感動をありがとう感動をサンキュー感動を与えてくださってありがとうごぜえますだお代官様チョースゲーチョースゲー泣いた泣いた全米が泣いた」などと、それが気の利いたコメントのつもりで発言しちゃうってのは、恥ずかしくないのか?

 ネットでもすごいよ。「感動をありがとう 荒川静香」でGoogle検索すると183件。これからどんどん増えていくんだろうなあと予想。ちなみに「感動をありがとう 村主章枝」は169件、「感動をありがとう 安藤美姫」は458件。スケート関連のサイトなどでダブっているものも多いけど。「感動をありがとう 城田憲子」は16件でした、あはは。城田さんというのはフィギュアの監督ね。「感動をありがとう ゼンジー北京」だと8件でした。もうなにがなんだか(2/24の19時ごろ調べ。2/28の4時でなんと「感動をありがとう+荒川静香」は765件に!)。

 日本語の乱れを心配するのもいいが、「感動をありがとう」「感動をあたえたい」は法律で禁止するぐらいのことをしてもよいのではないか。

 余談だが、そもそも「感動」という言葉もかなりうさんくさいんだよな。
 中学生ぐらいのときだったか、本を読むのは好きだったくせに読書感想文を書くのが非常に苦手で、でもあるとき魔法のフレーズを発見して、そこからは楽勝、ということがあった。楽勝というよりは堕落だったわけだが。
 それは「感動しました」のひとこと。
「(主人公)が素手で熊を倒すほど強いことに感動しました」
「(探偵)が犯人を言い当てたことに感動した」
「(家老たち)が主君の仇を討ったことに感動しました」
 なーんもいってないのと同じ(笑)。くだらねえたらありゃしない。

 安易な言葉はじぶんの首を絞めることになる。おそろしいおそろしい。

February 27, 2006

0.03秒

メダル届かなかった皆川 乗り越えた大けがと屈辱(asahi.com)

 なんてことでしょうかね、0.03秒差で4位って。今回はこのパターンが多いような。
 世界トップレベルのあらそいなのだから当然なんだろうけどさ。
 それにしたってアルペンスキーですぜ。毎回まいかい、日本には関係のない競技という感じだったのに、あと一歩、いや半歩、っていうかつま先、むしろ鼻の差でメダルに手が届かなかったわけです。というよりも鼻の差でメダルをとれるぐらいまでになったわけです。すごくないか、これって。
 冬季五輪といえばジャンプ、そしてスケートぐらいだもんなあ、日本人が活躍したという記憶があるのは。
 選手はそれぞれ必死の努力をしていることと思うので、いまさらこんなこと、いわずもがなではあろうが、4年後のバンクーバーでの活躍を(アルペンスキーに限らず)期待したいところであります。

February 24, 2006

女子フィギュア金メダル

荒川が金メダル 村主が4位 フィギュア女子(asahi.com:トリノ五輪)

 リアルタイムでみてしまったよ。最後の5人ぐらい。眠いよ。
 いやしかし。
 すごいね金目鯛。魚じゃありませんね。金メダルです。コーエン、スルちゃんの転倒にも助けられたけど、でも荒川静香の演技はよかったです。落ち着いていて、きれいだった。安心してみていられたなあ。

 村主章枝はおしかったけど、でもまああんなもんだろうなあ。彼女の場合、非痛感ただよわせすぎだと思うんですよ。終わっても笑顔見せられないぐらい疲れ果ててる感じだし。
 安藤美姫は16位15位。うーん、なんかいろいろ取りざたされて自滅したようにも思える。まあそれが若いってことなんでしょうけどね。ここから先、もう一度高見を目指して荒川静香のように復活するか、それともこのままで終わってしまうか、注目したい。

 今回のオリンピック唯一のメダルが金で(まだ終わってないよ)、はたしてそれがよかったのかどうか、ちょっと微妙ではありますが。かといって演技・競技した人たちには責任はないのですから、おめでとうです。JOCはいろいろ反省するように。あんなにたくさん役員を養うなら、そのお金を選手の育成とかに使ってはどうかね。

 ああ、それとね、金メダルが決まったあとのスタッフさんたちはもうちょっと抑えてもよかったのではないか。うれしいのはわかるけどさ。次から次へと握手だのハグだのを求めてくるのはちょっと興ざめ。控え室で盛り上がれよ。

February 21, 2006

すばらしかったカーリング

 今回は男子は出ていなかったので必然的に女子カーリングのことになるわけですが。
 いやしかしすばらしかったと思うよ。別にマリリン萌えとかそういうことではなくて。マリリンの画像詰め合わせや選手紹介の動画を探し回って落としまくったりするとかそういうことではなくて。ほんとだってば。

 先日は“スポーツじゃねえだろ”とか書いてすいませんでした。ごめんなさい訂正します。ありゃあ立派なスポーツだよ。俺、あんなに足を前後にひらけないもん。そういうことじゃないか。
 スピードをきそう競技、飛距離をきそう競技などがスリリングなのは、あるいみ当たり前なんですが、しかしあのゆっくりとした(とはいえ時間制限はあるので、作戦の立案と実行はすばやくやらねばならぬ)ゲームでこれほどドキドキさせられるとは。イタリア戦では胃が痛くなりましたぜ。

 残念ながら予選最終戦のスイス戦には勝てず、準決勝進出はできませんでしたが、よくがんばったと思う(スイスに勝ったとしてもカナダも勝ったのでいずれにせよ準決勝の目はなかったのだが)。

「カーリングの面白さを日本中に教えてくれた。それだけは立派な金メダル」
(世界カーリング協会・斎藤寛之理事/Yahoo!スポーツ×スポーツナビ Voice of Torino「カーリング女子、心に輝く“金メダル”」向吉三郎)

 そのことばは正しい。だってさー、この俺が熱中したんだもん。あっちゅう間にマクドナルドで「ダブルテイクアウト! ポテトもつけてね」とかいうようになったもん(嘘です言いません)。マリリンがかわいかったとか(っていうか最初みたときは失礼ながら、みなさんなんて以下略と思ったものよ。でも見ているうちに選手のみんながかわいらしく見えてきたから不思議)そういうことだけではなくね、競技としてひきこまれるものがあった。

 NHKの中継もよろしゅうございました。解説の小林さんはこういう人だったのですね(参考:トリノ五輪がもっと面白くなる 生島淳の「観る前に読め!」/第6回「「カーリングの小林さん」って知ってる?」)。
 すごくわかりやすい解説でした。

 わたしの尊敬するスミルノフ教授(スミルノフ教授公式ウェッブサイト日本語版)はいくつかのカーリングに関するエントリーを書かれています。そちらのエントリーからも各種用語集ルール集へのリンク(たとえば「カーリングのコール」とか)がはられています。とんちんかんなことを書いて「俺は辛口なんだぜヘヘーイヘイ」というようなご老人のコラムへのリンク(「考えて欲しいNHKのカーリング」)も。
 ほんと、民放のバラエティとかには取り上げてもらいたくないです。

 たまたま仕事で北海道出身の人と話す機会があったのですが、そのかたは「一年の半分が冬なので、ああいうことを地味にやるしかないんですよね」と自重しつつちょっと自慢げにおっしゃっておられました。「あんな競技がこんなに注目されるとはねえ」と。やー、でも面白かったですもん。まじで。

【追記】
 宗像明将さんのブログ「小心者の杖日記」のこのエントリーもリンク関係充実。

February 17, 2006

本屋大賞

 2006年の本屋大賞のノミネート作品が発表されたそうだ(決定は4月5日)(なんだ1月のうちに発表されてたんですね。わたしゃアマゾンのトップページで気がつきましたよ、とほほ)。
 ええと、今、一次通過ってことらしいが、要するに最終候補だよね? このなかから投票で本屋大賞が選ばれるんだし。二次投票とか書いてあると、じゃあ三次もあるのか三時のおやつは文明堂なのかなどといろいろ気になってしまうのだが。

 候補作は本屋大賞サイトで確認できるが、こんな感じ。

  • 伊坂幸太郎 『死神の精度』
  • 伊坂幸太郎 『魔王』
  • 奥田英朗 『サウス・バウンド』
  • 桂望実 『県庁の星』
  • 重松清 『その日のまえに』
  • 島本理生 『ナラタージュ』
  • 西加奈子 『さくら』
  • 東野圭吾 『容疑者Xの献身』
  • 古川日出男 『ベルカ、吠えないのか?』
  • 町田康 『告白』
  • リリー・フランキー 『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』

 ふーん。
 読んでいない『ナラタージュ』『ベルカ』『告白』についてはわからないが、ほかの候補作をみても、つまらんラインアップだなあという感想しかない。いや、作品が、ではなくてこの賞の対象作品として。

 伊坂幸太郎がなんで2作品なのか。両方人気があったってことなのか。まあいいけど。でも今さら「これを売りたい!」って思わなくても売れてるのでは?
『県庁』についても織田映画化で話題になってるから、ほっといてもある程度は売れるでしょう。公開して1年ぐらいでテレビで放送して、そのころには文庫にもなって。
 重松清も、そりゃ泣けるっちゃあ泣けるが、もうベテランだし堅調ですし。うまいなあとは思うが、みんなに知って欲しいというレベルではなかろう。
『さくら』、つまんないじゃん。俺は全然うけつけなかったけどなあ。それに、売れてるんでしょ?(20万部だってさ) 
 現時点ですでに3冠だか4冠だかの『容疑者X』にあげたいってのもわからない。5冠王6冠王とかめざすんですかね。
 売れ行きでいえば『東京タワー』。これ以上売ってどうするのか。っつうかあれ、おもしろいか? 小説としてはできそこないじゃないのか?
 とすると、俺が納得できるのは『サウス・バウンド』くらいなんだが、しかし奥田英朗の知名度はじゅうぶんありそう。でも、分厚いからと手を出しかねている人がいるかもしれないので、そういう人の背中を押してあげるにはいいかも、ぐらいな感じで。

 本屋大賞って、サイトには《全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本》ってあるわけですが、すでに売れている本をえらんでどうするんだろ。累計部数15000部未満とか、デビュー5年以内の作家とか、条件を限定したらいいんじゃないか?
 このままだと、単に、今売れてて儲かってますんでお礼の意味も込めましてオメデトー、な賞になっていくだけのような。だったらいっそのこと実売部数で決めりゃいい(某宗教関係書籍がつねに上位を占めることになりそうだが)。
 
 もうちょっと地味で無名で、でもいい作品(とその作者)を“売って”あげてほしいなあ。
 でなけりゃ商売に徹して、いちばん売りやすい本、ってことで選んでください。なんだかこの賞のいやらしさが、最近ちょっと鼻についてきた。
 以下で、大森望氏・豊崎由美氏が(昨年の)本屋大賞について対談しているんだけど、私としては全面的に納得でした。ご参考までに。


February 15, 2006

トリノ五輪雑感

 スピードを競うわけです、会社登記とか不動産登記とかの。登記オリンピック。

 まあそれはそれとして(どれ?)、盛り上がってますなトリノオリンピック。嘘ですけど。メダルラッシュですもんね外国の。広告屋さんスポンサー屋さんテレビ屋さん盛り上げすぎでしたね。金銀銅メダルざっくざっく獲れそうなこといっちゃって、ねえ。
 でも、今回はメダルなしでいいんじゃないかと思ってしまう私は非国民? ちょっといろんな意味で勘違い続出しすぎだと思うので。もちろん日々の鍛錬や努力をつづけてきた選手たちが、結果を出したいと思うのは無理ないけどさ。それでも、ここらでちょっとクールダウンすべきではあるまいか(冬季なだけに)。選考のうさんくささ、各種規定や採点方法の曖昧さ、勘違いしちゃってる選手の人(わっはっは)、そこらへんまとめて、落ち着けと。
 五輪は商売なんだから(昔はアマチュアの祭典だったのにねえ)、そこに利権がからんでくるのは仕方がない。仕方がないが、美しくない。美しくなくてもお金もらえるほうがいいもん、という人はほっとけばいい。だけど、せっかくなんだからキレイにやってほしいじゃないですか。メダルとれなくてもさ。

 そうはいっても、くやしかったというか惜しかったのは500mスケートの及川くんと岡崎さんでしたか。共に4位。しかし、3位との差が0.13秒とか0.05秒ってなに。0.05秒って、どんな時計で計ってるんですか。観客がくしゃみしたらその勢いで逆転しちゃうぐらいではないですか。5人がかりで背中から「ふ〜!」って吹けば、それくらい、ねえ。おそろしい世界です。

 そんなわけで、日本がイマイチであったとしても、世界レベルのスゴい人たちを見るのはなかなか楽しいです。
 スキーはやっぱり滑降です。誰ですか「格好いいからね」とかいってるのは。回転大回転もいいけど、やはり滑降。しかしわからないのがスーパー大回転。どこのスーパーが開店したのかと思いましたよ。
 リュージュも速いですな。どういうテクニックで差がつくのかよくわかりませんけど、速いということはわかる。記録が小数点以下第3位の単位ですぜ。テレビで見てたら時速120キロとかそんな感じですよ。生身の人間が。

 しかしいっぽうでは、全然速さを競わない競技もあって。フィギュアスケートみたいに芸術点とかを競うわけでもなく。いったいそもそもこれはスポーツなのか。体力というか身体能力はどれくらい勝負に影響するのか。
 カーリング。
 謎です。
 スポーツじゃねえだろ、これ。氷上のチェスとも呼ばれているらしいが、日本人としてはこれはやはり「氷上のおはじき」と呼びたいですよ。
 でもね……おもしろかったんだよ。けっこう真剣に見ちゃいました。
 あの、それこそ数グラム単位での力の入れ方抜き方や、これアタマおかしくなるんじゃないかとさえ思える精神力。それに対して、なんかのどかなシャカシャカ氷を磨く風景と「ふぉー」だか「ひょー」だかのかけ声(「ウォー」だそうですが)。あの落差がたのしい。

 日本代表は現在2試合を終えて、1勝1敗の5位。10カ国の総当たり戦で、上位4チームまでが決勝トーナメントに進出できます。まだあと7試合あるのでがんばってください。
 いや、これなにを頑張るんですかね。集中力なのか、やっぱり。氷みがきテクニックも重要なんだろうなあ。

February 02, 2006

与えてくれるな

 鳥の五輪、ってどんなオリンピックだよ、そうではなくてトリノ五輪まであと10日ぐらい? ボブスレーが出場できるのできないのジャンプが飛んだのスピードスケートが滑ったのミキティがマオがああだこうだとにぎやかなことでございます。まあみなさんがんばればよろし。暇だったら見ちゃうだろうし。

 で、だ。民放各局が懸命に煽っているところ恐縮なんですが、だ。これからトリノでがんばってきますという選手各位におかれましては、個人的に次のことを注意したらいいんじゃないかなと思うのである。それは、

「みる人に感動を与えたい」「みなさんに感動を与えられるようにがんばります」とか、言うんじゃねえ!

 ってことです。そんなセリフを耳にした瞬間から俺は、その選手が大失敗しますように転倒しますように風邪ひきますように下痢しますように熱出しますように……と関係各方面八百万の神々に祈りますよ。

 だいたい「感動」という言葉の安っぽさはなんだ。いつからそんなに薄っぺらいものになったのだ。おおかた語彙が貧困で、誰かが便利につかいはじめたもんだから、その尻馬に乗っているのだろうけれど、馬鹿っぽいったらないぞ。
 それに輪をかけて「与えたい」。与えられたかないよこっちは。まあこれも「感動をありがとう!」みたいな思考停止馬鹿が横断幕掲げたりするからなんだろうけどさ。おまえは《観客に感動を与えるために》その競技をするのか? スポーツに限らず音楽でもなんでもいいけど、感動させるためになにかをやるのだと公言するのって、非常に下品な気がするのは俺だけか。どうせ公言するなら、金儲けのために、のほうがまだ好感が持てる。みるやつらに自慢したいから、ってほうが正直でいい。

 しかしもうこれは日本語として定着しちゃってるのかもしれん。Googleで「感動を与えたい」を検索すると、なんとヒット数は37000件を超えるのである。〈感動を与えたい〉まで入れてるから37000件だが、〈感動を与え〉でとめれば95000件だよ。なんだよそれ。〈感動をありがとう〉にいたっては38万件ですぜ。
 で、この〈感動を与えたい〉の使用例がまた多岐にわたっておりましてね、スポーツ選手はもとより、新しい顧客管理システムをつくったオフィス用品通販会社社長とか建築設計士から人材コンサルタントに転職した人とかプリンタを開発してる人とか、もうありとあらゆる人間が〈感動を与え〉たくてウズウズしている。感動を与えないことには何もできないかのようだ。

 俺が最初に耳にしたのは、何年か前の高校野球でみるからに野球しかしてなさそうな生徒が「感動を与えたい」とかなとかホザいていたのが最初だと記憶しているが、もしかするともっとずっと前から流通していたのかもしれない。テレビ電波に乗らなかっただけで。
 高校生が勘違いしてそんなことを言っちゃう分には、「あはは、なにいってんだこいつ、言葉のつかいかたをもうちょっと勉強しろよ」で済むわけだが、そんなことは誰も教えないどころか、みんなそれでOKだと思っている(に違いない)。
 感動というのは、受け手がするもんであり、投げ手送り手が与えるものではないのだよ。「こんな映画つくりました泣いて泣いて感動して!」「本当は足を骨折してたんだけど完走したのよ感動してよね!」「泣け泣け俺の歌をきいてみんな泣け!」「金メダルとりましたどうですか感動してくださいよ!」って、変でしょ。百歩譲っても「感動してもらえるような映画をつくったつもりなんだけど、どうかなー」ぐらいでしょ。しかもそれは口には出さないでしょ普通。

 まあそんなこといっても、テレビをつければ選手が黙ってたってアナウンサーレポーターのみなさんが「感動しました」「感動をありがとう」を垂れ流すんでしょうけどね。今からうんざり。テレビ屋さんにおかれましても、せいぜい視聴者に「感動を与えるために」がんばってくれたまえ。
 でも俺にはいらないから、感動。遠慮しときます。感動ってのはプライベートなものなんですから。感動のおしつけはいりませんから。

【追記】
 参考までに……。

競泳 田中雅美 選手 悔いの残らない泳ぎをして、皆さんに感動を与えたいと思います。 (財団法人日本オリンピック委員会/シドニー大会情報/日本代表選手団結団式&壮行会レポート2000.8.27)
一柳監督は「昨年より速さもパワーもついた。1戦1戦が勝負。チーム一丸となったプレーで感動を与えたい」と2年ぶりのVリーグを見据えている。(神戸新聞2003.12.2/速さとパワーで狙うV J T
サッカーJリーグ一部(J1)のヴィッセル神戸に新加入したトルコ代表FWイルハン・マンスズ選手(28)が十日、東京都内のホテルで入団会見を行い、「自分の経験を生かしてチームをトップレベルに引き上げ、大きな感動を与えたい」と抱負を語った。(神戸新聞2004.2.11/「感動を与えたい」 イルハンがV神戸入団会見
サッカーJ2・京都パープルサンガの柱谷幸一監督(43)が15日、城陽市のクラブハウスで就任会見をした。「チームは苦しい状況だが、十分立て直せる状況にある。残りのゲームでは皆さんに喜んでもらえる結果を出し、フェアプレーで感動を与えたい」と抱負を語った。(asahi.comマイタウン京都2004.6.16/【がんばれサンガ】「京都に恩返ししたい」
市職員から花束を受け取った沢山翔太主将(3年)は「相手に関係なく、県大会同様に全力プレーを心がけ、1人でも多くの人に感動を与えたい」と決意を述べた。(神戸新聞2005.8.2/姫路市役所前で決意披露[Googleキャッシュ])