わたしはスターバックスに入ったことがない。たいへん流行しているようなのだが、いまだに入ったことがない。その理由はいくつかある。
　まず第一に店内が禁煙だということだ。コーヒーを飲むのに煙草が喫えないのでは困る。禁煙が時代の趨勢だということはわからないでもないが、せめて分煙ぐらいで勘弁してほしいものだ。テラス席がある店舗の一部では煙草が喫えるようだが。
　第二にはその流行性。猫も杓子もスタバでは気恥ずかしいではないか。コーヒー豆やコーヒー器具のみならず、カップだの腕時計だののオリジナルグッズも流行っているという。そういうものを集めたカタログ本もあったような気がする。おしゃれ、なんだろうな。よくわからないが、いかにも若者っぽい。

　Googleで「スターバックス」を検索すると約54,000件がヒットする。
　ファンサイトも多く、注文の仕方からグッズの紹介からいたれりつくせりだ。そういうのが中年にとっては困惑の種なのだ。説明されればされるほど、めんどくさい店という印象が高まっちゃうんである。カラメルマッキアートだかウエスタンラリアートだかのトールだかグランデだかって……おじさんわかりません（参考サイト：おどおどしないスターバックスのお作法）。
　スターバックス同盟とかいってWeb Ringもある。Web Ringにもいろんなのがあるっぽい。派閥間の抗争とかもあるんだろうか。ありとあらゆるグッズを集めている人、ひたすら「スタバってかわいい〜おっしゃれ〜」な人、ファンにもさまざまいるようだ。
　いくつか見ていて、すこし、ひいた。こういっちゃなんだが、そこまでいくとなんだか不気味。どんな世界にもオタクはいるということか。
　公式サイトによれば、2002年９月には横浜に400号店がオープンしたようだ。５年間でこの数字だ。なんという勢い。すごいや。

　最近わたしの縄張りにも店舗が開店した。たぶん３万2864号店ぐらいだろう。まさか。
　新しいビルが建ち、どんなテナントが入るのかと思っていたらスタバである。１階から３階まで。あの看板は目立つ。４階は焼き肉屋だった。煙草のにおいはダメで焼き肉ならええちゅうんか。ほうかほうか。まあ許しちゃる。
　内装ができ、商品が並べられ、開店前日には店員の研修が行われていた。開店当日には大混雑だ。さすがだ。ヴェローチェやドトールの立場がない。

　わたしはスターバックスに入ったことがない。わたしは泣いたことがない、とはいわないが、スタバに入ったことはない。昨日までは。このまま一生入らないという手もあった。赤いスカーフが揺れても緑の看板が落ちても、ただ不思議な気持ちで見てればよかった。珍獣のように思われても、それはそれでおもしろいと考えていた。
　しかし今日、わたしはスタバに入った。そしてコーヒーを買った。ふつか酔いだったからだ。昨夜はジンを飲み過ぎた。朝から気持ちが悪かった。腹の具合もよくなかった。目も覚めきっていない。カフェインが必要だった。
　午後２時。わたしはスターバックスの敷居をまたいだ。またぐっていうか、自動ドアをくぐるっていうか、門を叩いた。叩いてないな。そもそも門などない。ドアは自動的にあきました。

　そこは喧噪と熱気の世界だった。殺気もちょびっとまじってたような気もする。
　レジには人々が並び、カウンターの中では従業員があわただしく動き回っている。働いているのは女子ばかりで、にこやかだ。おそらくおしゃれなアルバイトなのであろう、スタバでのバイトを楽しんでいるように見える。しかし声が甲高くてうるさい。もうちょっと落ち着いた声でできないものか。スターバックスに限らずファストフード系はどこでもそうだけどね。
　カウンターの外にも店員はいた。男子である。社員なのだろう。混雑してるもんだからあらかじめ注文を取っている。緊張しつつ自分の番がきた。最初だからあまり複雑なものは注文できない。というか知らないもんな。なのでシンプルに「カプチーノ。トールで」。
　トールで、だよ、トールで。おまえトールでと言いたいだけなんとちゃうんか。おまえ本名は素束透いうんとちゃうんか。違います。すいません。
　そしてレジで支払う。320円に消費税で336円。喫茶店よりは安いが持ち帰りコーヒーよりは高い。なんとも微妙な価格設定。
「あちらの黄色いランプの下でお待ちください」
　へえい。なんか屋台のヒヨコになったような気分で待つこと30秒。計ったわけではないがそれくらい。けっこう早かったな。先に注文きいてるんだから当然か。
　かくして注文したとおりのトールのカプチーノが登場した。持ち帰りなんだけど袋には入れてはくれない。そういうことか。なんかあぶなっかしいな。砂糖とかはどうなってるんだ。手に持っていくのか。かっこわりいな。
　会社で飲むと、だいぶぬるくなっている。ファンサイトなどによると「エキストラホット」といえば熱くしてくれるらしい。知らねえよ。

　わたしはまたスタバに行くのだろうか。自分でもわからない。たかがコーヒーなんだし、わからなくていいですってば。

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